堺の風俗でSMの話

負け戦をする人物は、Mである。
突然ですが日本の歴史上の人物でSかMかの判別が出来るのです。
今回この話をきいたのが堺風俗やんちゃな子猫堺店の店長からです。
具体例を挙げてみますと、たとえば、西郷隆盛や三島由紀夫はMだったといえるでしょう。
西郷隆盛は、最後は、死にたくて死にたくてたまらなかったわけですから。
死ぬ場所を求めて、「おいどんは、韓国にいくんだ!」なんて言いだしちゃったのです。
『征韓論』は、三島由紀夫のクビ切りとほとんど同じ発想でなされた発言です。
もともと、西郷隆盛は、粗暴な男性原理の支配欲そのもの、とでもいうような人物でした。
ほんとに、グイグイ攻めこむタイプでした。ところが、滅ぼしてはいけない人を支配した時、
申し訳なさから死にたいと常に願っていたと言います。そのことからMだったと言えそうです。

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